「西洋文学のはじまりって、なんか難しそう。」
そう思って、ずっと避けてきた本があります。
ホメロスの『イリアス』。
叙事詩。三千年近く前の作品。
じつはぼくも一度、挫折しています。岩波文庫版に挑んで、途中で「誰が誰だっけ?」となって、そっと本を閉じました。あーあ。
でも今回、あなたに伝えたいことがあるんです。
この本、めちゃくちゃ面白い。
しかも、現代を生きるぼくらにグサリと刺さる教訓まで入っている。三千年前なのに、です。
そもそもホメロスって実在したの?
まず素朴な疑問から。
「ホメロスって、どんな人だったの?」
これ、じつは誰にもわかりません。
古代ギリシア人にとっても、ホメロスが何者で、どこに住み、いつ詩を作ったのかは謎だったんです。今でも、実在したのか作り上げられた人物なのか、決着はついていません。
そもそも『イリアス』と『オデュッセイア』が、別々の詩人による作品かもしれない、という説すらある。
たしかなのは、「ホメロス」が作者不詳の代名詞ではなく、一人の男の名前だった、ということくらい。それが唯一の確かな事実、と言われるほどです。
で、『イリアス』が処女作かどうかも怪しかったりするわけですが、まぁよしとしましょう。作者の顔さえ見えない本が、ヨーロッパ文学の先頭に立っている。それだけで、なんだかロマンを感じますから。
ちなみにぼくが読んだのは、岩波少年文庫の『イーリアス物語』。
バーバラ・レオニ・ピカードが、原作をぐっと読みやすく再話したものです。完全な原文ではありません。でも、物語として抜群におもしろくまとまっている。
文学研究をするわけでもないぼくには、これくらいがちょうどよかった。古典文学で挫折した過去がある人ほど、こういう入口はありがたいものです。
トロイの木馬が、出てこない!?
読む前のぼくの前知識といえば、たった一つ。
「トロイの木馬」です。
それも、昔観たブラッド・ピットの映画『トロイ』から仕入れた知識。
で、いざ読んでみて驚きました。
映画とぜんぜん違う。
さらに衝撃だったのが、あの有名なトロイの木馬のエピソード、『イリアス』本編には出てこないんです。
じゃあ何が描かれているのか。
物語のきっかけは、トロイアの王子パリスが、スパルタ王メネラーオスの妻ヘレネーを連れ去ったこと。これでギリシャ連合軍がトロイアへ遠征し、なが~い戦争が始まります。
そして『イリアス』が描くのは、その戦争十年目の、ほんのわずかな期間だけ。
しかも中心にあるのは、戦争の勝敗ですらない。
ギリシャ連合軍の英雄アキレウスの「怒り」なんです。
たった一人の感情を軸に、これだけの物語が動いていく。この一点集中の潔さに、書く側として、まずシビれました。
神さまが、めちゃくちゃ近い
読んでいて一番おもしろかったのは、世界観です。
神々が、人間のすぐそばにいる。
人々は神々に供物を捧げ、加護を願います。神々はその願いに応えたり、無視したり。
しかもこの神々、まったく完璧じゃない。
むしろ人間以上に感情豊かで、嫉妬し、ケンカし、それぞれお気に入りの英雄をひいきして応援している。
ぼくの頭に浮かんだのは、『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンド同士のバトル。
戦場で英雄に槍が飛んでくると、神がちょっとだけ軌道を逸らしてやる。ピンチのときに、こっそり助ける。
「おいおい、それ反則だろ。」
そうツッコミたくなるほど、神々が直接介入してくる。この感覚が、現代人にはめちゃくちゃ新鮮なんです。
生贄や供物を捧げる行為も、ごく当たり前の日常として描かれている。当時の人にとって、神はそれほど身近な存在だったんですね。
ヘレネーという、とんでもない女
もう一つ、強烈に印象に残った人物がいます。
ヘレネーです。
戦争の原因は、彼女がパリスに連れ去られたこと。しかも、ヘレネー自身がついて行くことを選んだ、とも受け取れる。
つまりこの戦争、たった一人の女性をめぐって続いているとも言えるわけです。
作中でも、彼女はパリスの家族以外から、どこか厄介者あつかいされている。
まあ、そりゃそうです。だって彼女を返せば、戦争は終わるんだもん。
でも、ここからがすごい。
ヘレネーは、そんな空気のなかで、それでも生き続けるんです。
周囲の冷たい視線に耐えながら、堂々と生活している。その精神力の強さには、正直ぞっとしました。
まわりとの調和を大事にしがちな日本人には、なかなか想像しにくい強さかもしれません。もちろん、これは一般化しすぎた見方ですけど。
でも、そう感じずにはいられなかった。
部下を、怒らせるな
さて。この物語から、ぼくらは何を学べるのか。
「三千年前の話に、現代の教訓なんてあるの?」
あるんです。しかも、ぞっとするほど普遍的なやつが。
一言でいうと、こうです。
部下に、理不尽な罰を与えるな。
ギリシャ軍が苦戦する最大の原因は、戦力不足でも作戦ミスでもありません。
総大将アガメムノーンが、英雄アキレウスを怒らせてしまったこと。これに尽きます。
ことの発端は、アガメムノーンが自分の戦利品の女奴隷を相手側に返さざるを得なくなったこと。その埋め合わせに、彼はアキレウスの女奴隷を取り上げてしまう。
アキレウスにとって、問題は奴隷そのものじゃありませんでした。自分の名誉が、踏みにじられたこと。
その瞬間、彼は決意します。
「もう二度と、アガメムノーンのためには戦わない。」
そしてこの意思は、最後まで揺るがない。
どれほど豪華な贈り物を積まれても、どれほど謝罪を並べられても、彼の怒りは解けないんです。一度失った信頼は、そう簡単には戻らない。
最強の戦士が抜けたことで、軍全体が危機に陥ります。
これって、現代の組織そのものじゃないですか。どんなに大きな組織でも、一人の優れた人物との関係をこじらせれば、全体が揺らぐ。
部下に理不尽なことをすれば、その場では従ってくれても、心は静かに離れていく。失った信頼を取り戻すのは、築くこと以上に難しい。
三千年前の詩が、そのまま組織論の教科書になっている。読みながら、何度もうなずいてしまいました。
書くって、こんなに大変なのね
ここで少し、ぼく自身の話を。
いまだにぼくは、「読書」と「創作」をどうつなげればいいのか悩んでいます。
本を読む。おもしろいい。でも、それが自分の作品づくりにうまく接続しない。
そんなモヤモヤを抱えていたとき、ふとアイデアが降りてきました。創作の女神が、耳元でささやいたかのように。
「自分専用の創作コースを、作ればいいんじゃない?」
作品を完成まで導くためのマニュアル、チェックリスト、判断基準。それを体系化して、アプリとして実装する。
テキストファイルでマニュアルだけつくっても、情報が増えるほど「何をどこに書いたか」がわからなくなる。
でもアプリなら、必要な情報をすぐ呼び出せる。進捗管理も、アイデアの蓄積もできる。
しかも今は、生成AIがあります。
昔なら個人でアプリを作るなんて高いハードルでした。でも今なら、プロトタイプくらいは短期間で作れてしまう。
これは、なかなかおもしろい挑戦になりそうです。
遠くにいる、家族を思う
最後に、もう一つだけ。
『イリアス』には、オデュッセウスという英雄が出てきます。
彼は次作『オデュッセイア』の主人公。長い戦争を終えて故郷へ帰ろうとする旅と、その帰りをひたすら待つ家族の物語が描かれます。
遠く離れた場所にいる、家族を思う。
このテーマが、思いがけず、ぼく自身の体験と重なりました。
じつはこの本を読んでいた頃、妻が二十日ほど、スリランカへ旅行していたんです。
結婚してから、これほど長く離れて過ごすのは初めて。
しかも滞在中、妻の体に異変が起きました。視界が二重になり、めまい、吐き気、しびれ。現地の病院を受診することに。
日本にいるぼくにできることといえば、海外旅行保険の窓口へ連絡したり、情報を調べたりするくらい。
そばで支えることもできず、ただ状況を聞くしかない。あのもどかしさは、なかなかのものでした。
幸い、脳梗塞でも糖尿病でもなく、眼にも異常なし。ただ原因はいまだに不明。MRIではわからない可能性もあるとのことで、精密検査は帰国後に受けることになりました。
現代はインターネットがあります。海外の家族ともすぐつながれる。
でも、『オデュッセイア』の時代には、そんな手段はない。
家族が遠くにいれば、生きているのかさえわからない。待つ者も、旅する者も、不安と孤独を抱え続けるしかない。
人間は想像力が豊かだからこそ、悪い可能性ばかり考えてしまう。
そしてその不安は、創作にも容赦なく影響します。
正直、この期間、ぼくの創作はほとんど進みませんでした。
病気を調べ、保険会社と連絡を取り、心配が頭から離れない。物理的にも精神的にも、書ける状態じゃなかった。
こんなとき、歴史に名をのこした文豪たちは、どうしていたんでしょう。
苦しみを創作へ昇華した人。何も書けない時期を過ごした人。きっと、いろんな人がいたはずです。
この100冊の処女作を読みながら作家を目指すチャレンジのなかで、そんな問いに答えをくれる作家と出会えたら。
そう期待しながら、次の一冊へ進みます。
『イーリアス物語』バーバラ・レオニ・ピカード
(ホメロスの『イリアス』を読みやすくしたもの)
独創:★★★★★
凄味:★
洗練:★
構造:★★
後味:★★★★