「好きな小説トップ10は?」
もしそう尋ねたら、トルーマン・カポーティの『冷血』は絶対に外せません。
あの恐ろしいほどの観察眼と、圧倒的な文章力。
何度読み返してもゾクゾクします。
そんな巨匠カポーティのデビュー作である『遠い声、遠い部屋』を読みました。
まず、このタイトルが本当にすばらしいと思いませんか?
英語の原題は Other Voices, Other Rooms 。
直訳すれば「他の声、他の部屋」なんですけど、邦訳では「遠い声、遠い部屋」と訳されている。
この「遠い」というたった一語が、作品全体に漂うどこか切なく、幻想的な空気を完璧に表現しています。
訳者のセンスに脱帽しつつ、ページをめくる手が止まりませんでした。
巨匠カポーティの素顔と意外な創作スタイル
「カポーティって、最初から孤高の天才だったの?」
そんな疑問を持つ人もいるかもしれません。
ぼくもジョージ・プリンプトンの伝記『トルーマン・カポーティ』を読むまでは、どこか浮世離れした天才少年をイメージしていました。
でも、彼の幼少期のエピソードを知ると、印象が大きく変わります。
カポーティは八歳の頃からすでにものを書き始めていました。
周囲の人たちも「この子は将来絶対に作家になる」と確信していたそうです。
子ども時代からつくり話が大好きで、いつでもポケットにメモ帳を忍ばせていたのだとか。
それだけ聞くと大人しい文学少年かと思いますよね?
ところが彼、いじめっ子に激しい頭突きを食らわせるような気性の激しさも持っていたんです。
気が弱いどころか、むしろ子どもたちの輪の真ん中にいるタイプでした。
そしてなんと、お隣に住んでいたのがあのハーパー・リーだったことも驚きです。
のちに名作『アラバマ物語』を書くことになる彼女とカポーティは幼なじみ。
カポーティは毎日のようにハーパー・リーへ「二時間か三時間は書かなきゃだめだよ」と促し、一緒に書いていたのだそう。
子どもの頃からそんな環境に身を置いていたなんて、なんという才能の密度でしょう。
そして何よりぼくが勇気をもらったのは、処女作『遠い声、遠い部屋』の完成までのプロセスです。
彼は作品を書き上げると、完成前に編集者や友人へ何度も見せ、頻繁にフィードバックを受けていました。
天才であっても、自分一人の感覚だけで完成させていたわけではありません。
他人の評価や意見を素直に取り入れ、何度も何度も推敲を重ねていたんです。
質を高めるためなら、使えるものは何でも使う。
泥臭く作品を磨き上げる姿こそ、本当の創作者のあるべき姿なのだと教えられました。
簡単なあらすじと作品のテーマ
ここで簡単に物語のあらすじをご紹介しますね。
主人公は十三歳の少年ジョエル。
彼は生き別れていた父親から手紙を受け取り、アラバマ州の田舎町にある古びた屋敷「スカラズ・ランディング」へ向かいます。
父との再会を夢見て期待に胸を膨らませるジョエル。
しかし、待っていた現実はあまりにも過酷で奇妙なものでした。
屋敷にいた父親は、病に倒れて話すことも身動きもできない状態だったのです。
さらに、屋敷には怪しげな継母のエイミーや、女装を好み独自の美学の中で生きる従兄のランドルフが暮らしていました。
ジョエルは、奇妙な大人たちと閉ざされた屋敷の中で、深い孤独に包まれていきます。
この作品の大きなテーマの一つが「父親さがし」です。
頼れる父親を求めるジョエルの旅は、たんなる家族の捜索ではありません。
それは自分のアイデンティティや、自我を探す心の旅でもありました。
ちなみに、カポーティは幼い頃に両親が離婚し、親戚の家に預けられて過ごしました。
孤独と背中合わせだった幼少期の体験が、彼の作品に深い影と光を与えているのは間違いありません。
カポーティ自身が味わった両親との別れや孤独のコンプレックス。そして、自我の芽生え。
それが見事に物語へ昇華されています。
夢と現実が溶け合う言葉の魔法
この『遠い声、遠い部屋』という作品、じつに幻想的です。
といっても、魔法やドラゴンが出てくるようなファンタジーではありません。
現実と空想、記憶や妄想の境目がまったくなくなってしまう、独特の幻想世界。
主人公ジョエルの視点を通して、現実の出来事と頭の中の出来事が、まったく同じ価値を持っているかのようにシームレスに描かれます。
これって、どこか昔の人々の世界観にも似ているんですよね。
たとえば『源氏物語』の時代では、夢で見た出来事は単なる幻想ではなく、現実と同じくらい重要な意味を持っていました。
ジョエルにとっても空想は現実逃避の手段ではなく、彼が生きる現実そのもの。
正直に白状すると、一読目は「なんだこれは」と戸惑いました。
ストーリーを追うことすら難しく感じるほど不思議な手触りだったんです。
でも、何より言葉の発想力に圧倒されました。
華麗で豪華絢爛な比喩が次々に飛び出し、文章そのものが生命力を持って弾けている。
得体の知れない魅力に、ただただ眩しさを感じていました。
しかし、解説を読み、ものがたりの構造を理解してから二度目の読書に入ると、まったく違う景色が見えてきたんです。
「あ、あれはあの伏線だったのか」
「ここはこういう意味を持っていたのか」
そんな発見が次々と現れました。
噛めば噛むほど味わい深くなる小説とは、まさにこのこと。
世の中に何度も読み返したくなる本はそう多くないですが、この処女作は別格でした。
読むというより、じっくりと味わうための小説です。
ハツラツとした熱量と、すでに開花している圧倒的な文章センス。
処女作だからこそ味わえる特別な閃光が、ここにあります。
ぼくの創作と明日からの挑戦
『遠い声、遠い部屋』を読んで、深く感動すると同時に、ぼく自身の大きな課題も見えてきました。
「処女作を100冊読むこと」と「自分自身の創作に活かすこと」。
この二つの接続が、まだうまくできていないんです。
ぼくは三年で100冊の処女作を読む計画を立てています。
計算すると、だいたい十日に一冊のペース。
読むこと自体は一日か二日あれば終わります。
残りの八日間は、二度目を読んだり、関連本を読んだり、作品の構造や技法を分析して過ごしていました。
もちろん、それも大切な時間。
でも、作家を目指すぼくにとって本当に必要なのは、自分自身で書くことです。
長編小説の執筆に取り組んではいるものの、なかなか前に進まない焦りがありました。
そこで、今日から新しい習慣を始めることに決めたんです。
読んだ本からインスピレーションを受けたら、そのたびに短編小説を一本書く。
かのレイ・ブラッドベリは「一週間に一本の短編を書き続けなさい」というアドバイスをのこしました。
いきなり一週間で一本はハードルが高いかもしれません。だからぼくは、十日に一冊読むペースに合わせて、十日に一本の短編を書くことを目標にします。
読書と創作を、ひとつの美しい循環に変えていきたい。
そのためには、毎日最低でも二時間の執筆時間を確保しなければなりません。
とういことで、明日から四時起きを始めます。
カポーティが泥臭く推敲を重ねて傑作を生み出したように、ぼくも書くことから逃げずに挑み続けます。
独創:★★★★
凄味:★★★
洗練:★★
構造:★
後味:★