一生に一度でいいから、世界中を揺るがすような大傑作を書いて、あとは一生遊んで暮らしたい。
なぁーんて、本を書こうとしている人なら、誰しも一度は妄想したことがあるはず。
ぼくも30代の主夫として妻に「そろそろ働け」と言われながら、日々原稿用紙に向かっているわけですが、そんな夢のようなアメリカンドリームを地で行った作家がいます。
それが、ハーパー・リー。
前回はカポーティを取り上げましたけど、今回はカポーティの幼馴染であり、生涯の盟友でもあったハーパー・リーのデビュー作『アラバマ物語』を読みました。
日本には新旧2つの翻訳が出ています。
新しい訳のほうは、日本人にはあまり馴染みのないアメリカの大統領の名前なんかに()で丁寧な注釈が入っていて親切。
でも、ぼく的には古い訳の醸し出す空気感が好みだったので、今回は古い方の翻訳で読み進めました。
時代を超えて愛される古典って、訳者ごとの手触りの違いを楽しめるのも醍醐味です。
アメリカの学校で絶対読まれる一冊
「ねえ、学校の課題図書って、大人になってから自分で買って読んだことある?」
そう聞かれたら、ぼくみたいな人は大半が「いや、一回もないです」って答える気がするんですよね。
じっさい夏目漱石の『こころ』とか、一度も読んだことがありません。
でも、この『アラバマ物語』という本は、アメリカでは教育の現場でめちゃくちゃ重宝されている超定番の本。
毎年、毎年、新しい世代の生徒たちがこの本を課題図書として買わされて、授業でディスカッションをする。
アメリカの中学や高校の国語の授業では、必読書としてほぼ全米クラスで指定されているんだそう。
ベストセラーを狙うなら、学校で推薦される本を書くべし、ということでしょうか。
アメリカと日本の出版文化の違いもあるのかもしれませんが、課題図書として毎年何十万部も買われ続けるシステムって、すさまじい強みです。
あらすじと暴れん坊少女スカウトの魅力
「で、結局どんなお話なの?」
ざっくりあらすじを紹介すると、舞台は1930年代のアメリカ南部アラバマ州の小さな町。
主人公は幼い少女のスカウトで、彼の父親であるアティカスは正義感あふれる弁護士。
彼は、無実の罪で捕まってしまった黒人青年ロビンソンの弁護を引き受けます。
その裁判で法廷で恥をかかされた逆恨み男ユーウェルが、アティカスの幼い子供たちへ復讐を企て…
重厚な社会派ドラマなんですけど、ぼくの心を一番ぐっと掴んだのは、スカウトの負けん気の強さでした。
とにかく、彼女はケンカが強くて血気盛ん!
同級生が教室でもじもじしているのを助けてあげたのに、なぜか先生に怒られてしまい、授業が終わるやいなやその同級生を外でぼこぼこにしちゃう。
お兄ちゃんに対してもまったくひるまず、容赦なく殴り返す。
女の子って、本当は男子よりずっと強い。
ぼくも小学生のころ、体育の時間に男女で相撲をとる機会があったんです。
身長はぼくの方が高かったのに、相手の女の子に豪快にズボンを脱がされた悲しい記憶が思い出されました。
じつは、作者のハーパー・リー本人も子供時代はかなりの暴れん坊だったらしくて、2歳年上の幼馴染カポーティに向かって「黙れ、ちび。黙らないとぶんなぐるよ」と言っていたのだそう。
さらには16歳のティーンエイジャーになったとき、カポーティの実の父親からアプローチを受けた際、鼻に強力な一発をお見舞いしたという話も残っています。
ちなみに、カポーティの処女作『遠い声、遠い部屋』に登場するアイダベルというお転婆娘は、ハーパー・リーがモデルだと言われています。
お、おもしろすぎる!
またまたちなみにですが、『アラバマ物語』に登場するディルという繊細な少年は、カポーティがモデルなんですよね。
お互いがお互いを自分のデビュー作に登場させているなんて、すごすぎませんか。
3年半の改稿が生んだ一生モノのアメリカンドリーム
「たった一冊書いただけで、本当に一生暮らせるの?」
そうなんです。
なにがすごいって、ハーパー・リーは生前、実質的にこの『アラバマ物語』一冊しか発表していないのに、毎年うん億円という巨額の印税が入り続けていたんです。
まさに、誰もが羨むアメリカンドリーム!
でも、これってラッキーパンチで当たったわけじゃないんですよ。
彼女の執筆プロセスを調べてみたら、めちゃくちゃ壮絶で勇気をもらえる事実が分かりました。
ハーパー・リーは最初、1956年のクリスマスに、友人たちから「1年間執筆に専念できるように」と生活費をプレゼントされて、5か月かけてひとつの作品を書き上げました。
(これが、彼女の死の直前に出版が許可されて話題になった『さあ、見張りを立てよ』の原案)
しかし、出版社に持ち込んだその原稿は、編集者のテイ・ホホフから事実上のボツを食らってしまいます。
編集者は言いました。「成長した主人公の政治的議論よりも、子供時代の回想シーンの方がずっと魅力的だ。ここを軸に全部書き直しなさい」と。
そこから彼女は、編集者と二人三脚で、なんと2年半もの歳月をかけて全面的なリライトを行ったんです。
最初の約半年の執筆と、その後の2年半の猛烈な改稿。
つまり、修業期間を除けば、たった3年の集中した努力で、彼女は一生お金に困らない権利と、世界中で読み継がれる名作を手に入れたことになります。
3年という時間を、あなたはどう感じますか?
長いと感じるか、短いと感じるか。
お金のことばかり言うと俗っぽく聞こえるかもしれませんけど、ぼくたちは泣いても笑っても資本主義の世の中に生きていて、生活費からは逃げられません。
だからこそ、3年の本気の試行錯誤で人生を引っくり返せる小説家という仕事には、いまだに果てしない夢があると思うんです。
カポーティの『冷血』を裏で支えた常識人ハーパー・リー
ぼくが好きな小説のトップ10に入っているカポーティの傑作ノンフィクション『冷血』。
じつはその陰に、ハーパー・リーが深く関わっていたことをご存知でしょうか。
ぼくは『『アラバマ物語』を紡いだ作家』という本を読んで初めて知ったのですが、彼女は現地カンザス州への取材に、カポーティの助手として同行していたんです。
しかも、同行したのは『アラバマ物語』が出版される前年の1959年。
だけど、当時のカポーティといえば、独特のハイソな服装と奇抜な言動で、田舎町の現地人からは完全に変人扱いされて嫌われていました。
そこで、頑なだった現地の人々の心を開かせたのが、他ならぬハーパー・リー。
初対面の相手を不愉快にさせるカポーティを、リーがうまく緩和していました。
インタビューをつうじて、カポーティは相手との会話を思い出すのが得意。
いっぽうのリーは人物の特徴を描きだす能力があった。
お互いが自分の得意な役割を完璧に演じ分けて、取材を成功させたんですね。
リー自身も、子供時代や大学時代は周りから浮いた存在だったようですが、カポーティと一緒にいると不思議と常識人として振る舞えたというからおもしろいですよね。
ニューヨークで書店員として働き、航空会社の予約係として接客していた経験が、彼女を人当たりの良い気配りの人に変えたのかもしれません。
賢すぎる生き残り戦略?ドルファス・レイモンドの正体
さて、『アラバマ物語』に話をもどしますが、この作品のメインテーマはずばり「相手の立場になってものを考えること」です。
でも、それだけだとちょっと分かりやすすぎるし、教科書的で退屈に感じちゃいますよね。
そんな中で、ぼくの心を一番強く捉えたのが、ドルファス・レイモンドというサブキャラクター。
彼は白人の資産家でありながら、黒人の人々とともに暮らし、黒人女性との間に子供をもうけている人物です。
黒人への差別があたりまえだった当時の南部社会では、考えられないスキャンダラスな行動ですよね。
彼はいつも茶色い紙袋に入れたボトルから、ストローでちびちびと飲み物を飲んでいて、街の人々からは「あいつは朝から晩まで酒に溺れている重度のアル中だから仕方ない」と噂されています。
でも、主人公のスカウトたちがひょんなことから彼と会話したとき、驚くべき秘密が明かされるんです。
彼が紙袋の中で飲んでいたのは、お酒ではなく、ただのコカ・コーラ。
「どうして酔っ払いのふりなんてしてるの?」と驚く子供たちに、彼は静かに語ります。
人々には、自分が理解できない行動を納得するための理由が必要なんだ、と。
「あいつはアル中だからあんな行動をするんだ」という口実を与えてあげることで、街の人々を安心させ、自分や家族への無用な攻撃を防いでいたんですね。
なんということでしょうか。
周囲への配慮と、自分の大切な生き方を守るための知恵だったんです。
ここからぼくたちが学べるサバイバル術は、こうかもしれません。
「相手を黙らせて自分の大切なものを守るには、自分の行いを正当化するための理由を、あらかじめ相手に与えてあげること。たとえそれが、世間から見てちょっとだらしない理由だとしても」
うーむ、現代の複雑な社会を生きていく上でも、めちゃくちゃ役に立つリアルな知恵だと思いませんか。
100冊読書をゲーム化!?サポートアプリができました
さてさて、100冊の処女作を読み解きながら、自分自身も作家になるというこのプロジェクト。
100冊の読書という気の遠くなるような道のりを、目に見える形で楽しく可視化できるツールはないかなぁと考えました。
そこで思いついたのが、読んだ本を並べる100冊分の本棚と、1冊読むごとに1体のモンスターが生まれて育っていく放置型ゲーム。
試行錯誤を重ねて、ついに日本語版のアプリが完成しました!
英語対応もやろうと思えばできたのですが、ぼくの英語版のThreadsでの知名度はまだまだこれから(なにしろフォロワー数3人ですからね!笑)。
なので英語版については、単体のiPhoneアプリとして公開しようか現在思案中です。
いやいや、「そんなサポートツール作ってないで早く小説を書けよ!」という声が聞こえてきそうですが、こういう執筆環境やサポートアイテム作りも、モチベーションを保つためには大切だと信じています。
さーて、勇気をもらったところで、ぼくも自分の小説を書くとしますか。
おまけ
小説の舞台について、イラストがあれば分かりやすいと思ったので、探してみました。
以下のサイトの図がわかりやすいです。
https://bigthink.com/strange-maps/to-map-a-mockingbird/
https://tokillamockingbird.fandom.com/wiki/Maycomb_County?file=Maycomb.gif
https://fittz.weebly.com/uploads/3/2/1/1/32111589/tkammappingactivity.pdf
独創:★★★
凄味:★★
洗練:★
構造:★★★
後味:★★★★