前回、アガサ・クリスティーの処女作『スタイルズ荘の怪事件』を読みました。
そこでポワロという名探偵に出会ったわけですけど、読みながらずっと気になっていたことがあるんです。
アガサは、ポワロをつくるときに何を参考にしたのか?
答えはもちろん、シャーロック・ホームズ。
世界で一番有名な探偵といえば、もうこの人しかいないでしょう。クリスティーの時代にも、ホームズはもっとも有名な探偵でした。
ということで、今回は源流をたどっていくということで、アーサー・コナン・ドイルの処女作『緋色の習作』です。
ぼくのなかでのシャーロック
ぼくのなかでシャーロックといえば、ベネディクト・カンバーバッチが演じるイギリスのドラマ『Sherlock』。
現代におきかえた傑作ドラマです。
シャーロックの人柄は他人を見下し、言葉でひとを傷つけることなんて屁でもない。そんな人物でした(まあ、シリーズが進むにつれて、少しずつ変わっていくんですけど)。
で、原作のシャーロックはどうだったのか?
皮肉が効いている人物、という点は変わりません。でも意外だったのは、けっこう気遣いのできる人だったこと。
こういった違いもたのしめました。
あと、『緋色の習作』の出版は、1888年なので、なんと140年も前。
そんな古い作品を楽しめるのかな、という心配もあったんですが、杞憂でした。
普通におもしろい。というか、これぞ原典!って感じ。
ちなみにドイルはホームズの物語を60作書いています。
長編は『緋色の習作』『四つの署名』『バスカヴィル家の犬』『恐怖の谷』の4作だけ。
残りの56作は、ぜんぶ短編なんです。
短編のほうが圧倒的に多いって、知ってました?
作家になる前、ドイルはなにをしていたの?
「探偵小説を書く人って、どんな人生を歩んできたんだろう?」
ドイルの自叙伝『わが思い出と冒険』によると、彼は1859年、イギリスのエディンバラで生まれました。
叔父のジョン・ドイルは風刺漫画家。父のチャールズ・ドイルは、エディンバラの官庁事務所に勤める公務員。
血統的にはアイルランド人なのに、スコットランドの首府であるエディンバラで生まれたのはそのためです。
で、ドイルは母メアリーからは、医者になれと言われていました。
なぜなら、父は公務員として昇進できず、絵を描いて収入を補っていたから。そしてのちに明らかになったところによると、アルコール依存症を患っていた。一家は、ずっと経済的に苦しかった。
だからアーサーは、母の負担を減らすために期待に応えることにしたんです。
うーむ。けっこう重たい。
ホームズには、実在のモデルがいた
で、エディンバラ大学の、5年間の医学研修課程。
そこでドイルが出会ったのが、ジョーゼフ・ベル博士。
このベル博士こそ、ホームズのモデルになった人物です。
痩せていて、黒髪。
鼻が高く、相手を射抜くような灰色の目。
表情が鋭く、肩をいからせながら独特な歩き方をする。
……もう、ほぼホームズじゃないですか。
博士は非常に腕のいい外科医でした。
でも、すごいのはそこじゃない。
彼の診断は、症状だけにとどまらなかったんです。
患者の職業。
患者の性格。
そこまで見抜いてしまう。
ホームズがワトソンに「あなたはアフガニスタン帰りですね」と言い当てる、あの感じ。
あれはドイルの空想じゃなくて、大学で毎日見ていた光景だったわけです。
これ、書く側として学ぶところが大きいですよね。
天才キャラクターを一から発明しようとすると、だいたい嘘くさくなる。
でもドイルは、自分が実際に「すごい」と思った人間を観察して、それを持ち込みました。
医者をやめる決心をした、その日
ドイルは医学の勉強を進めながら、文学への志を持ち続けていました。
ある友人にこう言われたそうです。
「君は手紙の文章が生き生きとしているから、何か売れるものを書けるだろう」
なんていい友人でしょう。
それで冒険物語を書いて、短編を雑誌社に送ったら採用されて、報酬を受け取ります。
そして、在学中から船医として北極洋を航海した経験のあったドイルは、学位を取ったあとも船医としてアフリカ西海岸を長期間航海しました。
その後、イングランドのポーツマス郊外、サウスシーで診療所を開業。
でも、この頃にも相当な数の短編を雑誌に発表しているんです。
ドイルの生活は、次第に医術よりも文学のほうへ移っていきました。
診療所で持て余している時間に、作品を書き始めたんです。
そして1891年。悪性インフルエンザにかかり、1週間ほど危篤状態になります。回復して自分のこれまでの人生を振り返ったドイルは、決心しました。
医者をやめて、専業作家になろう。死にかけて、やっと決めた。
……わかる気がします。
人は、そのくらいのことがないと人生を変えられないのかもしれません。
第二部で、いきなりアメリカが始まる
さて、『緋色の習作』の中身の話です。
この作品でいちばんおもしろいのは、第二部でとつぜんアメリカの話が始まること。
しかもホームズもワトソンも、まったく登場しません。
ここで語られるのは、ユタ州の物語。
第一部の事件のきっかけとなる過去が、まるごと挿入されているんです。
読んでいて「え、いきなりなにこれ?」と思いました。
でも、個人的にはかなり楽しめた。
ちなみに、この歴史小説っぽい要素には、ドイルが尊敬していたサー・ウォルター・スコットの影響があるようです。
モルモン教って、本当にあんな感じだったの?
作中では、モルモン教がかなり異質なものとして描かれます。
一夫多妻制。
他の宗教の者との結婚を認めないこと。
現代の倫理観からすると、ぎょっとする状況です。
で、これって当時は本当だったのか。
どうやら、一夫多妻制については、事実です。19世紀後半のユタ準州では、一夫多妻が公然と実践されていました。
そして、モルモン教徒以外の相手との結婚を、強く忌避する空気があったのも、記録としてのこっています。
ドイルはどこからこの知識を得たのか。
これがおもしろいんです。まず、ドイルはユタに行ったことがありませんでした。
後年に列車でかすめたときの記述が残っているんですけど、こうです。
「ユタのほんの片隅はすぐに通り過ぎてしまい、心に特別な印象は残らない」
おい。では何を読んだのか。
研究によれば、彼が参照したのは元モルモン教徒による告発本の類だったようです。
結果として『緋色の習作』は、ユタの人々を深く傷つける作品になってしまいました。
これ、書く側としてはかなり刺さる話じゃないですか。
刺激的な資料ほど、おもしろい。おもしろいから、信じたくなる。でも、おもしろい資料が正しい資料とはかぎらない。
処女作には、その作家の「まだ甘かったところ」がそのまま残ります。
ドイルの場合、それは取材だったわけです。
語りの形が、まだ定まっていない
もうひとつ、処女作ならではのポイント。
『緋色の習作』は、ワトソンの一人称で語られる枠のなかに、三人称で書かれた過去の物語が挿入されています(上記のユタ州の話です)。
この形は、ホームズ・シリーズのなかでは例外。
第一作目だったから、まだスタイルが固まっていなかったんでしょうね。
以後の作品では、基本的にワトソンが語る一人称で通す形が採用されます。
つまりドイルは、書きながら「ホームズものの正しい形」を発見していきました。
最初から完成形を持っていたわけじゃないんです。これ、めちゃくちゃ励まされませんか。
たった25ポンドで売られた原稿
さらに興味深いのが、アガサ・クリスティと同じように、コナン・ドイルも処女作では大きな収入を得られなかったこと。
彼はこの原稿を、たった25ポンドで売ってしまいました。
現在の感覚で、およそ60万円。
しかも版権ごと、です。
あとにドイルが『ストランド・マガジン』に連載したホームズ物語。
最初の短編6作の原稿料は、1作につき平均30ポンド、約72万円でした。
短編1本より、長編1本の買い取りのほうが安い。
ドイルは、原稿を安く叩き売ってしまったことをとても後悔していたようです。
世界一有名な探偵の第一歩が、これなんですよ。
ホームズが売れた、本当の理由
第1作『緋色の習作』は、年刊誌『ビートンズ・クリスマス・アニュアル』に掲載されました。
結果は… じつはそんなに売れませんでした。
成功のきっかけをつかんだのは、そのあと。
月刊誌『ストランド・マガジン』。
ホームズ・シリーズ最初の短編となる『ボヘミアの醜聞』が掲載されると、これが爆発的な人気を得ます。
ドイルは一躍、人気作家になりました。
すでに出版されていた『緋色の習作』や『四つの署名』にも、再び注目が集まります。
以後、『ストランド』誌での月刊連載が始まることになりました。
で、ここからが本題です。
ドイルが発明した、たったひとつの形式
当時の雑誌には、脈絡なくいろんな物語が並んでいました。
それを見て、ドイルはひとつのアイデアを思いつきます。
一人の主人公が活躍する、シリーズものはどうだろう? もしそれで読者を引きつけられたら、その雑誌に読者をつなぎとめることができる。
理想的なのは、こうです。
一人の登場人物がずっと活躍する。
しかも、一つ一つの話がその話だけで完結する。
そうすれば、読者はいつその雑誌を手に取っても、完全にその一話を楽しめます。
中心人物は、シャーロック・ホームズがいいだろう。
すでに2作の長編に登場させていたけれど、これなら連続ものの短編で十分に活躍させられる。
一話読み切りの連続短編。
今では、多くの作家が採用している形式です。
ドラマも、マンガも、たいていこの形。
でも、それを創案したのがドイルなんです。
最初に書いた60作のうち56作が短編だった理由は、ここにあったわけですね。
つまりドイルは、おもしろい探偵を発明した作家であると同時に、おもしろい探偵を売る形式を発明した作家でもあった。
処女作『緋色の習作』は、正直まだ荒削り。
でも、そこからたった数年で、彼は世界の物語の売り方そのものを変えてしまいました。
文章修行
さて、ここからは、ぼくの話です。
まず、早く寝る習慣がつきました。
早く起きるほうはまだまだで、たまに5時や4時に起きられることもあるけれど、7時になることもある。
まあ、これは少しずつ定着していくでしょう。
とにかく、早く寝る習慣をつけることは大切だと感じています。
それと、夜に瞑想するのもいいことに気づきました。何より大切なのは、夜にSNSやディスプレイを見ないことだと思います。
また、乱歩賞対策として2作品を読みました。
1作品目は、佐藤究さんの『QJKJQ』。もう1作品は、桃野雑派さんの『老虎残夢』。
どちらもおもしろかったんですけど、とくにインパクトが大きかったのは『QJKJQ』です。
これは、とんでもない作品だと思いました。
何がおもしろいのかと考えると、人間の本質に根ざしているからだと思います。
人はなぜ殺すのか?
そうした、人間の本質や哲学に迫っているような感覚があるんです。
ただのミステリーではない。
殺人が起きて、その謎を解明して終わるだけの作品ではない。
もちろん謎解きもあるんですけど、それがメインではない。
調べてみると、『QJKJQ』は乱歩賞のなかでもかなり評価の高い作品でありつつも、王道の乱歩賞作品というわけではないようです。
ある意味では異色の作品。
ぼくも、こういう小説が書けるようになりたいとおもいました。
ちなみに、乱歩賞受賞作品は、ほかにも『カラマーゾフの妹』、『8月の霧の中で』、そして『13階段』を買いました。
この5作を読むことで、乱歩賞の作品にはどんな幅があり、そもそもどんな作品が受賞しているのかをチェックしていきます。
今のところ、どの作品も楽しめているので、どうやら、この賞はぼくに合っているような気がします。
あとは、ぼくが書けるかどうか。
うーむ。書きます。